来週は城郭検定を受験します

11月とは思えない暖かさですね

今年は暖冬になるといいます。

私は寒がりのカワイイ女の子なので(自称)、たとえ異常気象でも、暖冬がいいです。

 

さて、本題にはいると、

来週は城郭検定試験です。私は準一級を受けます。

 

受験料は適正価格なのですが、牛丼15杯分くらいなので、一回で受かりたいです (ΦωΦ)フフフ・

 

試験は、一級以外は年に2回あります。一級は年に一回で、今回はありません。
基本的に何級を受けてもいいのですが、準一級に合格しないと、一級は取得できないのです。

ですが、準一級と一級を同じ回に受験するのは可です。

ただし、両方受かっていれば一級になれますが、一級に合格しても、準一級が不合格なら一級は取得できないそうです。

ですので、結果にかかわらず、次回(来年)は1級も受験します

 

来年は、城郭検定だけでなく、忍者検定、歴史検定(日本史、世界史両方)、できれば古文書検定も受けたいと思っています

取得しても、特に何かに結びつくというわけではないですが、検定受験がけっこう楽しいので趣味にしようと思っています

 

 

 

上泉城(群馬県前橋市) 清様のお城しりとりシリーズ第5弾

 http://seinosuke2016blog.blog.fc2.com/

  さて、お馴染みの清様のお城しりとりシーリズ第5弾

twitter.com

 前回、第4弾なのに、第3弾としてしまったので、何事もなかったかのように第5弾とします (ΦωΦ)フフフ・

 前回は「志賀城」だったので、今回は上泉(かみいずみ)城です。(本当は「が」だけど、そこは大目にみてくださいませ)

 
上泉城址とは

「剣聖」と呼ばれた上泉伊勢守信綱公の出生地であり、かつ居城でもあったお城です。

 山城好きの清様には珍しく、平城というより丘城という感じのお城のようです

 f:id:shinobutakahasi:20181017050656j:plain

 伊勢守信綱公は上泉城四代目の城主であり、文武両道の優れた人物であったようです。

陰流の祖、愛洲移香斎の指導を受け、23歳で相伝。新陰流を創出しました。

上野国一本槍」とも呼ばれ、あの恐怖の武田信玄軍と壮絶に戦いました。

 

 

f:id:shinobutakahasi:20181017050754j:plain

  

 


↓伊勢守信綱公の銅像。新陰流の基本形「無形の位」の構えで作られています

f:id:shinobutakahasi:20181017050826j:plain

 

 

 

 

f:id:shinobutakahasi:20181017050858j:plain

 上泉町自治会館は本丸跡で、そこには銅像やら説明碑などが乱立しています。

 

 自動販売機も伊勢守↓

f:id:shinobutakahasi:20181019053748j:plain

 

  

 

f:id:shinobutakahasi:20181019053805j:plain

上泉城の三の丸は、(一段上までが本丸)更にその上みたいです。

 

桜の咲く時期に見た三の丸から本丸・二の丸。

f:id:shinobutakahasi:20181019053848j:plain

 

 

f:id:shinobutakahasi:20181105164224j:plain

 一年に一度、上泉伊勢守祭というのをやっているので、清様の訪問時は、色々と準備されていたそうです。

 

すぐ近くにある西林寺が、一の郭のようです

f:id:shinobutakahasi:20181105164509j:plain

 

 

その本堂の裏手に回ってみると╭( ・ㅂ・)و ̑̑ クルクルリンパッ、お墓があります↓

f:id:shinobutakahasi:20181105164633j:plain

 

f:id:shinobutakahasi:20181105164652j:plain

 

f:id:shinobutakahasi:20181105164716j:plain

 

 

 

 

最後に、出丸と言われている「玉泉寺」に行ってみましょう

桜満開でしたが、大雨の中の訪城だったそうです (; ̄◇ ̄)ノアメイャ~ン バカ~ン🌀💨☔️😵

f:id:shinobutakahasi:20181105164737j:plain

 

f:id:shinobutakahasi:20181105164949j:plain

こちらのお寺の近くの道は複雑な感じで、堀跡だったかも?

 

門を潜ると左手にある閻魔堂。極楽行きと地獄行きのバス停?でもあるみたいです。

どれほど遠回りになろうと、絶対に極楽行きに乗りたいですね (ΦωΦ)フフフ・

f:id:shinobutakahasi:20181105165702j:plain

 

全体像↓

f:id:shinobutakahasi:20181105165418j:plain

 

 

ガチャポンのおみくじがカワイイ♥

f:id:shinobutakahasi:20181105165927j:plain

 

上毛電鉄上泉駅から北に少し歩くとあるそうです。

こちらなら、車のない鷹橋家でもいけそうです。

清様、お写真&情報提供ありがとうございました。

ヾ(≧∇≦*)/シノブ-ウレシイ*¨*•.¸¸♪

 

清様の訪城ブログはこちら

 

そよ風訪城日記

 

 

 

ラストはいつものように、ブログのアイドルななみちゃん (,,Ő x Ő,,)✨カワユス!!✨

 

f:id:shinobutakahasi:20181105170805j:plain

 

 

もうひとかたはピー殿のハロウィン烏帽子姿 (,,Ő x Ő,,)✨カワユス!!✨

f:id:shinobutakahasi:20181105171019j:plain

『TOKYO坂道散歩なび』コース③四谷 スリバチ型地形と、尾根から谷へ、谷から尾根へアップダウン

 

 

 

行楽シーズンですね!

皆様、どちらに出かけでしょうか

私は先週、千葉県佐倉市の国立民俗博物館に、「中世の古文書」展を見に行ってきました。

歴史通のフォロワーさんに「行かないと後悔する」と勧められて行ってみたのですが、これが本当に素晴らしく、まさに歴史に残る展示会でした。

そのうちブログにアップしますね (ΦωΦ)フフフ・

 

さて、前振りとまっったく関係ないのですが、今回は

『TOKYO坂道散歩なび』P33 ③四谷の

尾根から谷へ、谷から尾根へと、超絶なアップダウンを繰り返すコースを紹介させて頂きます

f:id:shinobutakahasi:20181014140208j:plain

 

 

岡田英之氏の

twitter.com

f:id:shinobutakahasi:20181014140604j:plain

『東京街かどタイムトリップ』にも登場するスポットもあります (๑•̀.•́ฅ✧

f:id:shinobutakahasi:20181014140801j:plain

 

このコースは四谷駅を出発して、四谷駅に戻ります。いろんな電車が走っていますが、私はJRを使いました(誰も訊いていない)

 

四谷駅を出たら迎賓館方向に進みます

f:id:shinobutakahasi:20181101165255j:plain

迎賓館の右側を下る鮫河橋坂という、とても美しい坂を途中まで下り、

 

 

右折して陸橋を渡ると、アップダウンの世界の始まりです

 

f:id:shinobutakahasi:20181101165948j:plain

 

f:id:shinobutakahasi:20181101170044j:plain

 

このコースは、ひたすらアップダウンを繰り返すのですが、

特筆すべきは、スリバチ型地形の聖地といわれる「策ケ池(みちがいけ)と津の守弁財天」でしょう(新宿区荒木町)

私はここを歩いて、スリバチ型の地形とはどういうものか、理解できました(ほんとだよ)

 

スリバチ地形の谷底にあります↓

f:id:shinobutakahasi:20181101170738j:plain

 

 

f:id:shinobutakahasi:20181101170755j:plain

f:id:shinobutakahasi:20181101173631j:plain

 

 

この池には、主様がいるのですが、
詳しくは
岡田英之氏の『東京街かどタイムトリップ』P15をご参照くださいませ

私はこのスリバチ型地形の「縁」くらいの位置にあるトンカツ屋さんに1人で入り、カツ丼を食べました(ΦωΦ)フフフ・

f:id:shinobutakahasi:20181101172848j:plain

 

 

もうひとつ、絶対にご紹介したいのは、須賀神社男坂です

須賀神社は『君の名は』まちこで有名ですね

神社(高台)と坂下(低地)のアップダウンが半端ないです

f:id:shinobutakahasi:20181101171857j:plain

 

こちらも

岡田氏の『東京街かどタイムトリップ』P30に詳しいです

 

私はこのコースを四回歩きました。

地形を楽しむという意味では、一番のお勧めのコースです

 

 

ラストはこのブログのアイドル、ななみちゃんです。こんなカワイイ子と、一緒に坂歩きをしたいですね (,,Ő x Ő,,)✨カワユス!!✨

f:id:shinobutakahasi:20181101173215j:plain

 

 

もうひとかたは、お馴染みのピー殿です。猫ちゃんは高台がお好きなようです。

(,,Ő x Ő,,)✨カワユス!!✨

f:id:shinobutakahasi:20181101173455j:plain

 

 

打神鞭  古代・中世の武器シリーズ

【打神鞭(だしんべん)】   太公望がふるうう、神を打つ仙人の鞭

 現代日本で鞭というと、ほとんどの方が革製で蛇のごとくしなる紐状のものを思い浮かべるだろう。ところが、これは中国では「軟鞭」と呼ばれる鞭の種類の1つである。「硬鞭(こうべん)」と呼ばれる主として鉄製の、まったくしなりのない棒状の武器も、鞭と呼ばれた。
 硬鞭の使い手といえば、なんといっても明代の中国の伝奇物語『封神演義(ほうしんえんぎ)』(万暦(1573~1619)なかばの成立?)に登場する姜子牙(きょうしが)こと呂尚(りょしょう)だ。日本では太公望の名で知られる(ここでは太公望で統一)
 太公望は『封神演義』などで魔術師的能力を備えた軍師として描かれるが、紀元前一一世紀ごろに実在した人物だ。釣りをしているところを、周の文王に見いだされ、軍師に迎えられた伝説がある。文王は、周王朝創始者・武王(ぶおう)の父だ。有能な人材を集め、徳治で知られ、後世の儒家から理想的な聖天子と称された。
 その文王が、「我が太公(父祖)が待ち望んだ人物」と評したところから、太公望と呼ばれたという。日本で釣人を太公望というのは、この故事にちなむ。
 当時、周は?殷王朝の支配下にあった。太公望は軍師として、文王の子・武王の殷王朝討伐に力を尽くし、周に勝利を導いた立役者の一人となる。その後、斉国に封ぜられた。
 その太公望が、『封神演義』のなかでふるった特製の鞭が「打神鞭」だ。
 太公望は周の軍師になる前に、師匠の元始天尊(げんしてんそん)から「封神の儀式」の執行を命じられていた。封神の儀式とは、「封神榜」?というリストに挙げられた三六五名の仙人や道士を討ち、その魂を封じるというもので、そのための武器が打神鞭である。文字通り、神を打つ鞭なのだ。
『封神縁起』には奇想天外、摩訶不思議な宝貝(パオペイ)(仙人が作った道具)が、これでもかとばかりに登場するが、この打神鞭も変わっている。
 使い方は、掛け声とともに投げつけるだけと、いたって簡単だ。あとは自動的に標的のもとに落下し、頭蓋骨を打ち砕く。打神鞭の一撃は、どんな仙人でも死に導いた。
 とはいえ、けして使い勝手のよい武器ではなかった。
 まず、効果があるのは「封神榜」に挙げられていうる相手のみ。つまり、通常の戦いでは使い物にならない。
 くわえて、使える回数にも制限がある。打神鞭には二一個の節目があり、節目ひとつごとに四つの封印がなされている。この封印は敵を倒すたびに消えていく。つまり、二一×四で合計八四人の敵しか倒せないのだ。
 これでは、とても太公望一人では、封神の儀式は完遂できない。他の者の助力が必要だった。太公望が周の軍師になったのも、周軍の援助をあてにしたのかもしれない。
 

                           【了】

 

 

ラストはいつものように、ななみちゃんのラブリーなお姿

 

f:id:shinobutakahasi:20181027063123j:plain

(,,Ő x Ő,,)✨カワユス!!✨

 

 

もうひとかたのピー殿はハロウィン姿 (,,Ő x Ő,,)✨カワユス!!✨

f:id:shinobutakahasi:20181027063252j:plain

 

乃至政彦先生のトークショーに行ってきました

昨日(平成30年10月19日)、神保町の書泉グランデ様で開催された乃至政彦先生のトークショーに行って参りました。

 乃至先生は、皆様もご存知の通り、

『戦国の陣形』や、『天下分け目の関ケ原の合戦はなかった』などの御著作で有名な、歴史研究家さんです。

f:id:shinobutakahasi:20181020175335j:plain

 

f:id:shinobutakahasi:20181020175414j:plain

 

今回のトークショー

ご新刊『戦う大名行列』 の補足が中心でした。

f:id:shinobutakahasi:20181022165909j:plain

 

 みんな大好き?な「車懸りの陣」が大きく関係しています。

 

 内緒?の話もたくさんしてくださり、とても楽しかったです。

 こんなにカワユスなサインも頂きました

f:id:shinobutakahasi:20181022170334j:plain

 

乃至先生のサインは、みんなカワイイです

f:id:shinobutakahasi:20181022170429j:plain

陣形のマーク?凸が激かわ

 

f:id:shinobutakahasi:20181022170556j:plain

1600カロリーの本です (ΦωΦ)フフフ・

 

次回、開催がありましたら、皆様もぜひ!

 

 

 

【本郷】樋口一葉ゆかりの菊坂から文士たちの面影を辿る TOKYO坂道散歩なび

行楽シーズン真っ盛りということで、久々に

『TOKYO坂道散歩なび』&『東京街かどタイムトリップ』コラボ企画、

行ってみよう ٩( ๑•̀o•́๑ )وエイエイオー!! ←謎のハイテンション

 

 

f:id:shinobutakahasi:20181014140118j:plain

久しぶりなので改めてご紹介すると、

 

f:id:shinobutakahasi:20181014140208j:plain

は、東京の坂をテーマごとに18コース取り上げた本で、鷹橋も全コースを歩いて、執筆に協力しております

 

『東京街かどタイムトリップ』は街の案内人・岡田英之氏↓

f:id:shinobutakahasi:20181014140604j:plain

が執筆した、懐かしくも奇妙な景観を集めた、街歩きのお供に最適な本です

f:id:shinobutakahasi:20181014140801j:plain

岡田氏のTwitter

奇しくも担当編集者が同じで、共通するスポットも多いので、コラボで紹介させて頂いているのです。

 

前置きが長くなりましたが、今回取り上げるのは

『TOKYO坂道散歩なび』 P154

 

⑬本郷 樋口一葉ゆかりの菊坂から文士たちの面影をたどる

 

です。

 このコースは菊坂という長い長い果てしなく長い坂を中心に、樋口一葉を始め、著名な文士たちゆかりの地を巡るという、文学の香り漂うコースです(ΦωΦ)フフフ・

f:id:shinobutakahasi:20181014142024j:plain

 

菊坂にある説明板↓

f:id:shinobutakahasi:20181014142931j:plain

スタートは丸ノ内線本郷3丁目駅1,2番出口です。

 

菊坂を進みつつ、菊坂から伸びる坂を上り下りし、文豪の史跡を愛でて、また菊坂に戻るというのが、このコース醍醐味です

f:id:shinobutakahasi:20181014143949j:plain

f:id:shinobutakahasi:20181014144053j:plain

 

f:id:shinobutakahasi:20181014145225j:plain

 

 

菊坂から伸びる坂の1つに「梨木坂」があります

その坂上には「鳳明館」(右に別館、左に本館)という風情のある和風旅館が建っていますf:id:shinobutakahasi:20181014144135j:plain

この旅館に関しましては

岡田氏の『東京街かどタイムトリップ』P20「胸突坂坂と鳳明館」に詳しいです

 

 

鷹橋が一番に印象に残っているのは、菊坂に入るとすぐに右手側に伸びる金魚坂です

全く文学には関係ありません (ΦωΦ)フフフ・

f:id:shinobutakahasi:20181014143615j:plain

この坂のお店で、みんなでアップルパイを食べたのが一番の思い出です(他に思い出はないのか)

 

 

ラストは階段坂を上る、ななみちゃん (,,Ő x Ő,,)✨カワユス!!✨

 

f:id:shinobutakahasi:20181014145419j:plain

 

もうひとかたは、お馴染みのピー殿

 

f:id:shinobutakahasi:20181014145612j:plain

 

戦象  古代・中世の武器・防具シリーズ 第6弾

 

 

昨日出掛けたので、今日は家でまったりしております (っ´ω`c)☕️🍰🍵🍡マッタリ...

まったりした土曜日に似つかわしくないですが、古代・中世の武器シリーズ、いっちゃいます (ΦωΦ)フフフ・

 

 

【戦象】アレクサンドロス大王も度肝を抜かれた? 古代の動物兵器

 

 

 現代日本では象というと、動物園で鑑賞する、賢くて、長い鼻が愛らしい動物だ。しかし、象は長い間、戦車に匹敵する恐ろしい巨大兵器であった。その大きさ、重量、力から、象は軍事目的に利用され、戦場で殺戮の嵐を巻き起こしてきたのだ。
 象の軍事的利用は、インドで起ったとされる。王侯貴族専用であったようだが、飼い慣らされた象を乗り物としていたインドにおいて、象を「戦象」――すなわち兵器として戦争に導入するのは自然の流れだ。
 西方世界が、初めて戦場で多数の戦象に遭遇したのは、インドに遠征したアレクサンドロス大王アレクサンドロス三世)が、紀元前三二六年にヒュダスペス河畔で戦ったときだといわれている。初めて戦象を目の当りしたアレクサンドロス大王の軍勢は、未知なる巨大動物にさぞかし驚愕したであろう。
 兵士以上に驚いたのは馬である。馬たちは、象の姿、声、においに混乱状態に陥った。
 ヒュダスペス河での戦いでは、集中的な投げ槍攻撃と重装歩兵の槍攻撃の組み合わせなどで、激戦の末に撃退に成功したものの、戦象の威力は多くの武人の心に焼き付いたようだ。アレクサンドロス大王亡き後、大王の後継者を巡って起きた、その名も後継者(ディアドコイ)戦争では、多くの戦象が投入され、やがて、戦象部隊は極めて一般的なものとなっていく。
 戦象部隊を率いた指揮官というと、カルタゴハンニバルが有名だ。ローマと戦った第二次ポエニ戦争(紀元前三世紀末)では、最終的には敗れるものの、一時はローマを恐怖のどん底に陥れた。ハンニバルが乗っていた象は「シッシア」という名の、シリアからインド象であったという。
 ローマのカエサルは、紀元前一世紀にブリタンニア(現イギリス)遠征に数頭の象を伴った。象を初めて目の当りにした現地のケルト人は、驚き、逃げ出したと伝わる。
 兵士たちは戦象に直接またがる、あるいは櫓を載せてその中に入り、高い位置から長い槍や弓、投槍などで攻撃した。
 火器が発達すると、戦象は生きる砲台と化す。大口径の銃砲を背に載せ、戦場を暴れ回った。
 しかし、その大きな体は標的にもなりやすい。敵の攻撃から守るために、全身に金属製の鎧を着せた戦象も現れた。まさに、生きる戦車の風貌である。
 戦象は、効果は絶大だが、欠点も大きかった。
 ひとたび興奮すると、象使いですら制御できない場合が多い。怯えると壊走し、自軍に突っ込んでくることもある。そのため、象使いは、象の脳天を刺すための短い槍を保持していた。

  勝手に連れてきてさんざん利用しておきながら、思うとおりに動かないとなると殺害するとは、いつの世も人間とは身勝手である。

 

                       【了】

 

 

ラストはカワイイななみちゃんの寝顔で (,,Ő x Ő,,)✨カワユス!!✨

f:id:shinobutakahasi:20181013164528j:plain

 

 

もうひとかたは、凜々しいピー殿 ๓(。•∀•。)๓ニャン♪

f:id:shinobutakahasi:20181013164754j:plain